横浜地方裁判所 昭和44年(行ウ)28号 判決 1971年3月12日
神奈川県愛甲郡愛川町半原二九番地
原告
大貫弘二
右訴訟代理人弁護士
土屋博昭
同
近藤隆蔵
神奈川県厚木市厚木八二〇番地
被告
厚木税務署長
原好作
右指定代理人
小川英長
同
帯谷政治
同
鈴木勇
同
荒木慶幸
同
横尾継彦
同
細金英男
同
臼井満
同
広瀬道雄
同
石塚重夫
右当事者間の相続税賦課決定取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件訴えをいずれも却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者双方の求める裁判
原告訴訟代理人は、
「一、被告が昭和四三年七月五日付をもつて原告に対してなした訴外大貫清次の相続税の更正決定および加算税の各賦課決定はこれを取消す。
二、被告が別紙物件目録記載の不動産に対してなした差押処分はこれを取消す。
三、訴訟費用は被告の負担とする。」
との判決を求め
被告指定代理人は、
本案前の申立として、主文と同旨の判決を求め、
本案については、「一、原告の請求をいずれも棄却する。二、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二原告の主張
原告訴訟代理人は、請求の原因として、
「一 訴外大貫清次(以下「訴外清次」という。)は、原告の養父でありかつ原告の妻訴外千代の実父であるが、訴外清次は昭和四〇年一〇月九日死亡したため、同人の権利義務は原告らが承継し、原告は訴外清次の相続人として、昭和四一年四月七日被告に対し、別表(一)申告欄記載のとおりその相続財産額を申告のうえ、そのころ右財産額に相当する課税を納付した。
二 しかるに被告は、昭和四三年七月五日原告に対し、原告の長男大貫泰男の所有名義となつている別表(二)記載の株式が訴外清次の遺産であるとして、原告の前記申告につき別表(一)更正決定欄記載のとおり各更正し、さらに過少申告加算税金八万八、五〇〇円を課税する旨の処分をなした。
三 しかしながら、右大貫泰男は、昭和二三年八月二三日生れの男子(原告の長男)であつて、訴外清次が右泰男名義で各株式を買入れたことは同人に対する贈与とはなつても、訴外清次の死亡により相続人となつた原告に対する相続財産として、相続税の課税対象となるものではなく被告の前記更正決定および過少申告加算税の賦課決定の各処分はいずれも違法な処分である。
四 よって原告は、昭和四三年七月三一日被告に対し、被告の前記各処分につき異議申立をしたところ、被告は原告の異議申立を一部認めて同年一〇月二六日別表(一)異議申立後の決定欄記載のとおり各修正決定した。(以下右異議申立後の更正決定および過少申告加算税の賦課決定処分を併せて、「本件各決定処分」という。)
五 しかして原告は、本件各決定処分にも不服なので、昭和四三年二月二一日東京国税局長に対し審査請求をなしたところ、昭和四四年三月三一日右請求を棄却する旨の裁決がなされ、同年五月一〇日その旨原告に通知された。
六 さらに被告は、同年八月一八日付書面をもつて原告に対し、本件各決定処分に基づく課税の滞納を理由に別紙物件目録記載の不動産を差押えたうえ、さらにその後公売に付する旨の予告をなした。
七 しかしながら、被告の本件各決定処分は、前記のとおりいずれも誤つた認定に基づく違法な処分であり、したがつて前記不動産に対する差押えも違法な処分であるから、原告は被告に対し、右各処分の取消しを求めるため本訴におよぶ。」と述べ、
本案前の申立の理由に対して、
「一 申立の理由第一項ないし第三項の事実はいずれも認める。
二 しかしながら、原告が本件各決定処分の取消しを求める訴えにつき出訴期間内に提起できなかつたのは、次のような事情からである。
原告は、被告主張のとおり東京国税局長から裁決書謄本の送達を受けたものの、もとより不服であつたので、さらにその是正を求めるため弁護士に相談すべく資料等を集めて準備していたところ訴外小島民章より、被告と話し合つて解決したらどうかとの連絡を受け、これに応ずる旨返答したが、その後被告から連絡がないため、昭和四四年七月下旬ころ右小島を通して被告の都合を聞いたところ、被告は、被告税務署員の大移動があつたので、同年八月ころに入つて話し合いを行うとのことであつた。しかるにその後も被告から何らの連絡もないうちに突然前記のとおり、被告は差押え処分をなしたもので、結局被告は本件各決定処分については、話し合いによつて解決し得るような希望を原告にもたせたまま内部的な異動等の理由によつてこれを放置し、このため原告が出訴期間を遵守できなかつたのであるから、右不遵守は、原告の責に帰すべからざる事由によるものというべく、追完の認められるべき事案である。
三 さらに別紙目録記載不動産につきなされた差押え処分の取消しを求める訴えについては、差押え等の滞納処分は、納税義務の存在を前提とし、国税等が完納されない場合に国税通則法・国税徴収法等の規定により必然的になされる処分であるところ、本件差押え処分の前提たる納税義務の存否については、前記のとおり東京国税局長により審査請求が棄却されて一応原告に納税義務が存在するとされているのである。
しかして、本件差押え処分の取り消しを求める理由は、その前提たる本件各決定処分に基づく納税義務の不存在にあるから、原告がかりに本件差押え処分につき不服申立をしたとしても、右申立てが棄却されることは明らかである。このような場合にまであらかじめ不服申立てをしなければならないとするのは、全く無用な手続を強いるものであり、本件においては、国税通則法八七条一項四号後段および行政事件訴訟法八条二項二号に規定する「決定または裁決を経ないことに正当な理由あるとき」にあたり、本件訴えは何ら違法な点はないというべきである。」と述べた。
第三被告の主張
被告指定代理人は、本案前の申立の理由として、
「一 原告主張の東京国税局長の裁決書謄本は、昭和四四年五月一〇日原告に送達されたところ、原告は本件各決定処分取り消しの訴えを昭和四四年一一月七日に至りはじめて提起したものである。
二 しかして処分の取消しの訴えは、少なくとも裁決のあつた日から三箇月以内に提起しなければならないところ、原告の訴え提起は、右出訴期間経過後になされたものである。
三 さらに被告が別紙物件目録記載の不動産につきなした差押え処分の取消しの訴えは、行政事件訴訟法八条および国税通則法八七条一項により不服申立てを経た後でなければ提起できないものとされているところ、原告は何らの不服申立てを経ることなく提起したものである。
四 よつて原告の本件訴えは、いずれも不適法なものであるから、却下されるべきである。
五 原告は本件各決定処分の各取消しを求める訴えが出訴期間内に提起されなかつたことにつき種々事情を述べているが、それは原告が訴外小島民章を通じて、被告所部の徴収課長秋本寿雄に対し、前記東京国税局長の裁決を経た後の本件処分について、その後の調査によつて新たな事実が判明し同処分の事実認定に明らかな誤りがあつた場合には、同処分の税額を減額してほしい旨の陳情をなした事情にすぎないものである。
右陳情に対しては、右秋本課長は、さらに同処分の見通し調査をしたが、結局誤りはなかったので、その旨昭和四四年八月上旬ころ直接陳情にあたつた訴外小島民章に対し伝達済みであり、したがつて右陳情に対して被告がその回答を放置した事実はなく、またその間において被告所部の職員が、原告の訴え提起について誤つた教示をした事実もないのである。
かりに、右陳情に対する右課長の回答の遅延が、原告の貴に帰すべからざる事由であり、追完されるべき場合であるとしても、原告はその事由の止んだ昭和四四年八月上旬後の一週間以内少なくとも同年八月一七日までに懈怠した訴訟行為の追完をすべきところ、原告はその追完をせず右期日よりはるかに経過した同年一一月七日に至りはじめて本件訴えを提起したものである。」と述べ
請求の原因に対する答弁として、
「一 請求原因第一項および同第二項の事実はいずれも認める。ただし、原告が原告申告にかかる税額を納付したのは、昭和四一年八月八日から昭和四三年五月二日までの期間であり、また別表(二)記載の株式中、半原商工信用組合に対する出資金は、訴外清次名義である。
二 同第三項の事実中、訴外大貫泰男が昭和二三年八月二三日生れの男子(原告の長男)であること、訴外清次が右泰男名義で株式を買入れたことは認めるが、その余は争う。
三 同第四項ないし同第六項の事実は、いずれも認める。」
と述べた。
第四証拠
原告訴訟代理人は、甲第一号証を提出し、証人小島民章の証言および原告本人尋問の結果を援用し、乙第一号証の一、二の成立はいずれも認める。同第二号証の成立は不知と述べ
被告指定代理人は、乙第一号証の一、二、同第二号証を提出し、証人秋本寿雄の証言を援用し、甲第一号証の成立は不知と述べた。
理由
一 まず本件訴えの適否について判断する。
被告がなした本件各決定処分について、原告が東京国税局長に対し審査請求をなしたところ、同局長は昭和四四年五月一〇日の裁決書謄本の送達をもつて、原告に対して請求を棄却する旨通知したこと、右各決定処分の取消しを求める本件訴えが、右裁決書謄本の送達された日から三箇月を経過した後である同年一一月七日に提起されたことはいずれも当事者間に争いがない。
証人小島民章の証言により成立の認められる乙第二号証に証人小島民章、同秋本寿雄の各証言および原告本人尋問の結果(措信しない部分を除く。)を綜合すると次の事実を認めることができる。
昭和四四年六月下旬ごろ愛川町繊維会館において会合があつた際、本件相続税の課税に関して原告と被告との間で争いがあることを知つた訴外中戸川治助は、同所に来合わせていた厚木税務署管内納税貯蓄組合総連合会長等をしている訴外小島民章に対して、その旨を告げて原告と被告とで十分話し合つて円満解決を計ることはできないものかとの相談をしたこと、右小島はその意向を受けて同じく同所に来合わせいた当時被告所部の所得税第二課長秋本寿雄に対して、あらためて原告の相続税の申告内容について見直してくれるよう依頼するとともに、原告に対しては電話で、被告と話し合つて解決するよう伝えたところ原告も話し合いをさせて貰いたいとの返答であつたこと、右秋本は同年七月中旬ころ被告税務署に転任してきた高野上席調査官に命じて原告の申告にかかる相続税の申告内容につき部内の課税台帳等各資料を用い、株式、預貯金の帰属、評価、さらに債務等を見直したが、従前の処分をあらためて更正する理由が全くないとの結論に達し、同年八月五日前後ころ右小島に被告税務署に来署して貰い、その旨を伝えたこと、右小島はそのころ原告に調査しても結論は変らなかつた旨の回答を電話でしたところ、原告は右小島に対して納得がいかないので法的手続に訴えようかと思うとの趣旨のことを述べていたこと、しかしてその間右小島および秋本をはじめとする被告税務署員たちは、原告に対し処分の取消しを求める訴えの出訴期間が三箇月である旨特に教示することはしなかつたが、さりとて訴えの提起が何時でもなし得るということも述べてはいないことがそれぞれ認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信し得ず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
ところで取消し訴訟について、出訴期間の定めがあるのは、行政庁の処分は相手方の利害に関するだけでなく、一般公共の利害にも関係するところが大きいので長くその効力を不確定な状態におくことは避けるべきであるとの考えからであり、これにより行政事件訴訟法一四条一項は「処分または裁決があつたことを知つた日から三箇月」を出訴期間とし、同条二項は右期間を不変期間としているのである。」
そこでこれを本件についてみると、「原告が本訴において取消しを求める処分につきなされた東京国税局長の裁決があつたことを知つたのは、前記認定のとおりその裁決書謄本送達を受けた昭和四四年五月一〇日であるから、右処分の取消しを求める訴えの出訴期間は、同年八月一〇日の到来により経過し、結局右訴えは不適法である。」
次に被告のなした差押え処分の取消しを求める訴えの適否について判断するに、右差押えの前提たる納税義務の存否につき、原告が被告の処分を争い、結局東京国税局長による審査請求の棄却によつて、一応納税義務が存在するとされていることは前記認定の事実から明らかであり、また右差押え処分の取消しを求める理由が、その前提たる本件各決定処分に基づく納税義務の不存在にあることは原告の主張自体から認められるところである。
しかして、差押え処分の取消しの訴えは、行政事件訴訟法八条および国税通則法八七条一項(同法七六条一項以下参照)により不服申立を経た後でなければ提起できないものとされるが、これは行政処分の当否については裁判所に出訴する前に一応当該行政庁に再考の機会を与えることによつて、なるべく行政庁みずからの手で公正妥当な解決をもたらすべきことを企図したものであるところ、本件のごとくその前提たる納税義務の存否につき、すでに他の処分取消しのため不服申立がなされているとしても、本件差押え処分の取消しを求める関係で不服申立てをした場合には、右処分との関係で当該行政庁は再度の考案をなすのであり、その結果たとえば差押え処分のみを取消すといつたようにすでになされた不服申立に対する判断とは別個の判断があり得るのであるから、本件において原告主張のとおりその前提となる納税義務の存否につき他の処分の関係から当該行政庁によつて一応の判断がなされているとしても、これをもつて本件差押え処分の取消しを求める訴えにつき不服申立による裁決を経ないことについて、国税通則法八七条一項四号後段および行政事件訴訟法八条二項三号の規定する「正当な事由」に該るものではないというべきである。
とすると、本件差押え処分に対する取消しの訴えは、不服申立および申立に基づく不服審査を経ずになされた不適法なものといわざるを得ない。
よつて原告の本訴請求は、いずれも不適法であるからその余の点について判断するまでもなく、却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 柏木賢吉 裁判官 花田政道 裁判官 坂垣範之)
物件目録
神奈川県愛甲郡愛川町半原字下細野三一五番イ
一畑 六五一平方メートル
同所同番ロ
一畑 六九平方メートル
同所 三一六番
一畑 三九三平方メートル
同所 三一九番
一畑 二八七平方メートル
同所 三二〇番
一畑 一四八平方メートル
同所 三四二番
一畑 一〇四七平方メートル
同所 三四三番
一畑 七九平方メートル
同所 三四四番
一畑 六九〇平方メートル
別表(一)
<省略>
別表(二)
<省略>